メジャーリーグin日本の侍
メジャーリーグで活躍する日本人選手の最新情報を毎日配信。
06« 1. 2. 3. 4. 5. 6. 7. 8. 9. 10. 11. 12. 13. 14. 15. 16. 17. 18. 19. 20. 21. 22. 23. 24. 25. 26. 27. 28. 29. 30. 31.»08
2008/07/20 [Sun] 09:17:42 » E d i t
【ヒューストン(米テキサス州)18日(日本時間19日)】アストロズの松井稼頭央内野手(32)、カブスの福留孝介外野手(31)による今季2度目の“PL対決”が行われた。松井稼は「1番・二塁」で出場し、今季初の三塁打を放つなど4打数1安打。福留は「2番・右翼」で出場して4打数無安打だった。試合はア軍が2−1でサヨナラ勝ちした。

 松井稼は不振の先頭打者に代わり、約3カ月ぶり今季7度目の「1番」で出場した。三回には今季初の三塁打。右ふともも痛によるDL明けから間もないため、「あそこまで走れるといい。自分の持ち味はスピード。積極的に走りたい」。守備でも八回、中前打性の打球を好捕して一塁へ好返球。PL学園で2学年後輩にあたる福留に先輩の意地をみせた。チームは、ナ中地区1位のカブスに2−1でサヨナラ勝ちし、12ゲーム差とした。
2008/07/20 [Sun] 09:16:49 » E d i t
【ニューヨーク18日(日本時間19日)=千葉修宏】左ひざ痛で故障者リスト入りしているヤンキース松井秀喜外野手(34)が、アスレチックスとの後半戦開幕のこの日午前、ヤンキースタジアムを訪れてキャッシュマンGMらと今後のケガの治療法について約2時間協議。同GMやチームドクターのハーション医師ら球団側から手術を勧められ、松井もついに受け入れるとみられる。今季は絶望となり、来季の完全復活を目指すことになる。
 手術を避け、今季中の復帰にこだわり続けてきた。しかし、チームの方針は手術に傾き、松井も16日には「戻りたい気持ちはあるし、それに向かって頑張りたいとは思う。でも無理な場合は仕方ない」と心境に変化が出てきていた。
 チームは松井抜きの戦いを想定した補強に動いている。前日までにDH&一塁候補として、マリナーズを解雇されたリッチー・セクソン内野手(33)と合意。この日に同内野手の代わりにメジャー40人枠を外れる選手が決まれば、加入が正式発表される。
松井秀喜 *  TB: 0  *  CM: 0  * top △ 
現役引退 野茂英雄 
2008/07/20 [Sun] 00:26:46 » E d i t

日本人メジャーリーガーのパイオニア。成城工高では甲子園出場はなし。卒業後、新日鉄堺に入社し、都市対抗などで活躍する。1988年、古田敦也(現ヤクルト)、野村謙二郎(元広島)、潮崎哲也(元西武)らと、ソウル五輪に日本代表として出場し、銀メダル獲得の原動力となる。89年のドラフト会議で当時史上最多の8球団から指名を受け、近鉄バファローズ(現オリックス・バファローズ)に入団。投げる際に体を大きくひねる独特の「トルネード投法」から繰り出される速球とキレのいいフォークで、1年目から活躍。MVP、新人王、最多勝、最優秀防御率、最優秀勝率、最多奪三振、沢村賞、ベストナインなど、タイトルを総ナメにする。

 4年連続最多勝と最多奪三振を獲得するなど、日本球界ナンバーワン投手として5年間で78勝を記録。そして95年、アメリカに渡り、ドジャースに入団した。日本人2人目のメジャーリーガーとして先発ローテーションに入ると、1年目から13勝を記録。オールスターの先発を経験するなど、米国に「トルネード旋風」を巻き起こし、ナ・リーグ新人王と最多奪三振のタイトルを獲得した。2年目には、無安打無得点試合を達成。その後、メッツ、カブス、ブルワーズ、タイガース、レッドソックスと渡り歩いた。

 2001年に在籍したレッドソックスでは、自身2度目の無安打無得点試合を記録。さらに6年ぶりに奪三振王のタイトルも獲得した。同年オフ、日本人として初めてのフリーエージェント(FA)選手となり、4年ぶりにドジャースに復帰。2年連続16勝を挙げるなど、ローテーションの柱としてチームをけん引した。

 04年、2年連続の開幕投手としてスタートを切ったが、開幕戦を落とし、4月は3勝2敗、防御率6点台と安定感に欠けた。その後も勝ち星を挙げられず、夏場にはローテーションから外れる。結局、4勝11敗、防御率8.25と不本意なシーズンとなった。05年6月16日、ブルワーズ戦で日米通算200勝の快挙達成。しかし、その後は度重なる先発失敗が響き、デビルレイズを解雇された。

 06、07年は右ひじの手術を経てリハビリ、またウインターリーグでの調整登板を行い、再びメジャー昇格へ照準を合わせてきた。07年のスプリングトレーニングでは、ロイヤルズの招待選手としてキャンプに参加。右足付け根の故障により開幕メジャー入りは逃したものの、4月5日に中継ぎ要員として昇格を果たした。

 08年には3年ぶりのメジャー登板を果たし再起を懸けたが、中継ぎとして3試合で4回1/3を投げて3本塁打を含む10安打9失点、防御率18.69と思うような結果を出せず、ロイヤルズを戦力外通告。ウエーバー公示期間中に獲得球団が名乗り出なかったため、日本時間4月30日に自由契約選手となり、7月17日に現役引退の意思を表明した。
未分類 *  TB: 0  *  CM: 1  * top △ 
2008/07/20 [Sun] 00:24:36 » E d i t
人は誰にでも、この日、この時間は何をしていた――。 そんなはっきりと記憶をたどることのできる日がある。

 例えば、「9・11」。

 多くの人は、その惨劇をどこでどう見ていたか。それをあたかも、きのうのことのように思い出すことができるはずだ。

 個人的に2001年5月2日は、そんな日の一つ。

 当時レッドソックスで投げていた野茂英雄が、マリナーズでデビューしたばかりのイチローと対戦。5回裏、3度目の対決では、野茂のストレートがイチローの背中に当たった。

 5月2日と言われても、「?」かも知れないが、野茂とイチローがメジャーで初対決した日で、「ああ」と思い当たる人も多いはず。

 そのとき自分は、地元FOXスポーツのスタジオにいた。地元局が、投打のパイオニアの対決をどう伝えるのか。その取材をしていたのだ。

 彼らとともに、7時頃から夕食を済ませ、スタジオのテレビモニターで試合観戦。試合も半ばとなったところで、まさに「ドシン」。

 顔をゆがめるイチローに、アンカーの一人、ビル・ウィキシー氏は「これは、国際的な事件じゃないのか」と、真顔で言った。

 「これで、このシーンが確実に日本の新聞の1面だろう」と話していたのは、もう一人のアンカー、トム・グラスゴウ氏で、彼は今でもマリナーズ戦のラジオのプレゲームショーを『KOMOラジオ』で担当しており、当時のことを聞けば、やはり覚えていた。

 「衝撃的だったなあ。いろんな意味で。こちらも対決を注目している中での死球は想定外だったから」

 そのグラスゴウ氏は、「あの年、確か野茂はノーヒットノーランもやったんじゃなかったっけ?」と言う。

 その通りである。野茂はレッドソックスでのデビュー戦、4月4日(現地時間)のオリオールズ戦で、史上4人目となる両リーグでのノーヒットノーランを達成している。

 彼は改めて振り返った。

 「投手として復活を果たした野茂と、4月からこちらの想像を超える活躍を続けていたイチロー。報道に携わったものなら、忘れられるはずがない」
イチロー *  TB: 0  *  CM: 0  * top △ 
2008/07/20 [Sun] 00:23:11 » E d i t
シアトル・マリナーズの地元紙シアトル・ポスト・インテリジェンサー(電子版)は、ア・リーグ西地区最下位に低迷し、チーム再建が必須のマリナーズがイチロー外野手を放出すべきかどうかというインターネット投票を実施している。

 同紙は先日、イチローについて「シングルヒットしか打てない」とチームへの貢献度を疑問視するジム・ムーア記者の記事を掲載。同記者は、自分が最高経営責任者ならばGMに放出を指示すると、イチロー不要論を展開していた。

 なお投票は、約1200票が集まった日本時間19日午前10時の時点で、イチロー放出に賛成する意見が約38%。反対が62%となっており、現在のところは約6割のファンが、イチローを手放すべきでないとの意向を示している。
イチロー *  TB: 0  *  CM: 0  * top △