なぜ両打席で打つ必要があるのかと言えば、基本的には自分の背中の方からくるボールは視認しにくく、差し込まれるように感じるからで、左打者に左投手をぶつける、といったことはよくある戦略なのだが、両打ちであれば、左投手に対する際には右打席に立てば、ボールをよりしっかりと呼び込めるというわけだ。
対して、スイッチピッチャーとは、スイッチヒッターにおけるロジックをそのまま援用すればよい。すなわち、両方の手で球を投げることができる投手のことだ。
ただでさえ珍しいスイッチヒッターに比べても、比べ物にならないほどに圧倒的な希少品種であるスイッチピッチャーだが、日本のプロ野球史上においても、南海・福岡ダイエーホークスと阪神タイガースでプレーした近田豊年がいる。とはいえ、彼は一軍では一度も両投げを披露することなく引退したため、日本プロ野球の公式戦において、両投げが記録されたことは一度もなかった。
より歴史の古いメジャーリーグにおいては、20世紀以降、唯一グレッグ・ハリスが公式戦で左右双方の手で投球を披露している。ちなみに19世紀には、トニー・マレーン、ラリー・コーコラン、エルトン・チェンバレンの3人が両投げをしたという記録が残っているが、この時代はグラブをつけずに(両投げをする場合には、左右どちらの手にもはめられる特注のグラブが必要となる)投球する選手も多かったため、3人もの(それでも充分少ないと言われればそれまでながら)両投げ投手が誕生したのではないかと考えられている。
さて、前置きと説明が長くなってしまったが、ここでようやく本稿の主役である、メジャーリーグのニューヨーク・ヤンキース傘下の1Aスタテンアイランドに所属する新人投手、パット・ベンディットの登場だ。そう、彼はスイッチピッチャーなのだ。
日本のミズノの特注グラブを手にはめて、デビュー戦のマウンドを踏んだベンディット。それだけでも充分にニュースバリューはあるのだが、しかし彼のニュースが全米を駆け巡った背景には、もう1人の役者の存在が大きい。
ここまで書けば、最早話の流れは自明の理ではあろう、彼はここで、スイッチヒッターとの対戦を果たしたのだ。
そこで問題になるのが、どちらが先に己のスタンスを表明するかである。
メジャーリーグの規則では、1打席中に打者および投手が、打席や投球する手の左右をかえられるのは1度だけとある。すなわち、例えばベンディットが先に左投げを宣したとすると、当然打者は右打席に立ち、ベンディットも右投げにグラブをはめかえる。そして打者が左打席にチェンジすれば、ここで双方待ったなしとなるわけだ。
要するに、勝負の決まった後出しじゃんけんなのである。
今回のケースでは、主審が打者に先に打席を決めさせ、右打席対右投げの対決で、見事ベンディットは三振を奪ったのだが、とはいえこの問題が、早急にルールの精査を必要とすることは明白だ。
日本の近田の場合は、投球する際に投手が投げる手を宣言することが申し合わされたのだが、それにしても、たとえば日本シリーズのような重大な試合において、近田とスイッチヒッターが対戦するようなことが起きていたなら、相当な議論を巻き起こしていたであろうことは想像に難くない。
願わくば、誰しもが納得のいく形で議論がまとまり、ベンディットが見事メジャー昇格を果たし、松井稼頭央の所属するヒューストン・アストロズとヤンキースが対戦するシーンを是非とも見たいものだが、果たして―。


